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江戸時代のショッピングタウンは日本橋ですが、では庶民の盛り場は何処だったかというと、浅草と両国だったようです。江戸時代の人気の娯楽は、歌舞伎、相撲、お酒・食べ歩き(天ぷら・寿し・蕎麦)、吉原(遊郭)など。浅草は今でも歌舞伎が行われていますし、かつての吉原も近く、グルメな町でもあります。両国は、相撲の町。かつての武蔵国(現東京)と下総国(現千葉)の両国を結ぶことから名付けられた両国橋。その両国橋を行き来し、江戸の人達は遊んだようです。夏には花火や納涼の場所として屋形船を楽しむ人で賑わったようですね。江戸開府から約400年。江戸を感じたくなり浅草と両国を巡るお江戸散歩に出かけてみました。 |
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浅草・雷門。地下鉄銀座線の浅草駅から地上へ出ると、雷門までは歩いて1分もかからない。
この提灯、台風の時にはやはり畳まれるのだそうな。 |
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雷門の提灯の下には龍がいることを始めて知りました。 |
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次に焼きたてのせんべいを発見。香ばしい醤油の香りがいい…。 |
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焼きたての人形焼きを買い、一つだけその場で頂くのでした。 |
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今度は揚げ饅頭を発見。こしあんや抹茶など1個120円〜(仲見世・九重) |
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こしあんとごまあげをゲット。アツアツ濃厚でなんとも美味しい饅頭でした。 |
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浅草寺本堂。浅草寺は飛鳥時代に江戸浦で漁をしていた二人の兄弟の網にかかった小さな仏像を祠ったのが始まりという言い伝えがあるらしい…。 |
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仲見世の裏通りは、江戸の下町の雰囲気が味わえます。 |
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浅草公会堂の前には芸能人の方の手形が…。堂々と手の内を明かしています。(笑) |
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浅草・ロック座
いわゆるストリップ劇場です。残念ながら?未体験…。 |
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江戸らしい食べ物を食べたく、どじょうの店「駒形どぜう」に。創業は1801年。 |
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神谷バーの名物は電気ブラン。ブランデーベースのカクテル。昼間から一杯! |
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明治13年創業の神谷バー。浅草で働いていた頃、週に一度はお邪魔していたお店です。 |
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店の外観、内装にも江戸らしさを感じるお店。どぜうなべ、どぜう汁、ご飯などがセットになった"なべ定食"を頂きました。グロテスクな見た目に反し、絶品です。江戸といえば、"うなぎ"もそうですが、こういう泥臭い食べ物は大好き。 |
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駒形どぜうの近所にあるバンダイ。楽しい通りがあります。 |
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美味しいお芋屋さんもあります。お店の名は、そのまんま 「おいもやさん」。 |
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雷門を背にし、江戸通りを歩きます。懐かしいおもちゃ屋を発見。 |
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両国橋は、武蔵国(現東京)と下総国(現千葉)の両国を結ぶことからそう名付けられました。(両国は明治初期に東京になる) |
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両国橋から見る隅田川。中央の鉄橋を黄色い総武線がガタゴト走り抜けていきました。 |
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両国橋を渡ると回向院と呼ばれ江戸時代に相撲の本場所が行われていた小さなお寺院がありました。 |
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両国橋の巨大模型。入場料600円にしては、かなり充実していて楽しめます。(江戸東京博物館) |
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両国国技館の隣にある江戸東京博物館で江戸の文化を学ぶことに。写真は江戸時代の代表的な芝居小屋「中村座」。 |
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江戸時代の日本橋付近を再現した巨大模型。(江戸東京博物館) |
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殿様らが乗る駕籠(かご)の中へも入ることができたのですが、狭くて暗く驚きました。(江戸東京博物館) |
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江戸城の屏風絵。(江戸東京博物館)家康、秀忠、家光と三代に渡って築かれた五層(約48m)の天守閣。ところが第四代将軍家綱の時に起きた大火により消失し、それ以来、一度も再建されることはありませんでした。とんだ親不孝ものですが、また造らなかったことがエライ!(天守閣などもう必要がなかったんですよね)江戸城といえば多くの情報誌がこの屏風絵を使用されるように、大変貴重な屏風絵なのです。 |
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館内では200円でちゃんこ鍋も食べられます。どじょう鍋の後だけに腹だけは力士なみ…。(笑) |
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両国国技館のチケット売り場。土俵下のタマリ席は一人14,300円。自由席(2千円)の次に安い3,600円のイス席Cを買うのでした。 |
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時計を見ると2時辺り。この時間帯は十両、幕下のさらに下の三段目、序二段辺りの取り組みが行われていました。(序ノ口→序二段→三段目→幕下→十両→前頭→小結→関脇→大関→横綱) |
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土俵下のタマリ席のお客さんがまだほとんど来ていないので、そこで見ることに。(確認すると、いいらしいので) 土俵は目の前で、ものすごい迫力。大相撲は高くても、やはりこの場所で見るべき。 |
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力士達がうつくしくて驚きました。鍛え上げられた肉体と、戦闘用の化粧とでも言いましょうか、
明るく照らし出された土俵の上でうっすらと白さが浮き出た肌がぶつかり合う光景は、まるで動く浮世絵を見ているかのようでありました。 |
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夕暮れ時の雷門。かつて浅草で働いていた頃、デートの待ち合わせと言えばこの提灯の前でした。しかし、1年も経たずに即日解雇されましたので、ちょっと苦い思い出の場所です。(笑) |
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水上バスの中。浜離宮までは約35分。(片道700円強) |
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外から水上バスを眺めると、こんな感じ。(佃大橋から) |
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勝鬨橋(かちどきばし)と佃島付近のビル群。夜は、もっときれいだろうなぁ。 |
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浜離宮の風景は、ビルと自然が共存する東京らしい風景。江戸時代は徳川家の庭園で、周囲は鷹狩場でもありましたが、明治以降は皇室の離宮となり、昭和20年に東京都が管理する庭園となったようです。中央は中島の御茶屋で抹茶と和菓子が頂けます。 |
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浜離宮から徳川家の菩提寺「増上寺」まで歩きました。 |
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増上寺の三門。芸術的でまた歴史を感じる感動的な門です。 |
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御成門。将軍が御成りになる門だからそう呼ばれるようになったそうな。 |
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徳川家墓所。第二将軍秀忠を始め六将軍の墓があります。 |
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増上寺大殿。(昭和49年再建)後ろの鉄塔は東京タワー。 |
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増上寺の周囲を歩いていると、何やらものすごい色彩と歴史的な重みを感じる門に出会いました。有章院霊廟二天門(ゆうしょういんれいびょうにてんもん)と言うらしく、第七代将の徳川吉宗が建立した豪華絢爛な寺院だったようですが、空襲に遭い、この門のみが残されたらしいです。とても見応えがあり、おすすめです。 |
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