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時計を見ると午後の1時前。予定では、湯布院で湯につかりそのまま帰るつもりだったが、大分空港を飛び立つ夕方6時前の飛行機までにはまだまだ時間がある。せっかくなので空港までの通り道にある別府に寄ることにした。別府は小学生の頃、修学旅行で地獄巡りなどをした以来約25年ぶり。まあ、行っていないに等しい場所。
別府へ向かうレンタカーのフロントガラスには狐色の草原と由布岳の姿。ナビをセットしたのは「いちのいで会館」。いちのいで会館は、別府市街が一望できるコバルトブルーの露天風呂があることで知られている所。別府八湯の一つ、観海寺温泉(かんかいじ)にある。残りの七湯は、明礬温泉、柴石温泉、堀田温泉、鉄輪温泉、亀川温泉、浜脇温泉、別府温泉。
湯布院を出て約40分。看板などから観海寺温泉郷に入ったことが分かった。間もなくして「目的地周辺です」とナビが切れるが、それらしき建物も看板も見当たらない。何度か坂道を登っては降りるがダメ…。迷ってる最中に見つけたコンビニで三人の女性スタッフに聞いてみるが驚くことに誰も知らない。あらっ…。暇そうに突っ立っていた工事現場のおとうさんも知らなかった。うーん困ったぞ…。
仕方なく直接電話で聞いてみるが、なんともまあ分かりにくい説明でまたしても迷う。(笑)結局、何度も前を通った老人ホームで受付のおかあさんと一緒に大きな地図を見ながら正確な場所と目印を確認した。(ありがとうございます)小さな橋の手前でやっとその看板を見つけた。橋を渡ってからは恐ろく傾斜があり車1台しか通れない坂道を一気に駆け上がる。きょうれつ…。
別府に着いてから、約1時間が無情にも過ぎていた。男では珍しく方向音痴の自分がいけないのだ。もう笑うしかなかった。しかしその間に曇りから晴れに天候は変わってくれていた。工事現場の事務所のような無機質な外観のいちのいで会館の入口にいた若い男性スタッフに露天風呂に入りたいことを伝えると、どうやらだんご汁定食(1200円)も食べないといけないらし…。
「だんご汁定食は食べなくてもいいので同じ金額で露天風呂だけではだめですか…」と聞くが、絶対にだんご汁定食は食べないとお風呂には入れないとのこと。うーん…。なぜそこまでだんご汁を食べさせることにこだわるのかよく分からなかったが、せっかくなので頂くことにした。相当うまいのだろう。
そして、それはお風呂の後と決まっており、まずはお風呂へどうぞと露天風呂の扉を教えてくれた。広い和室のそばにある扉。和室では風呂上りのだんご汁定食を食べながらゆたゆたくつろぐ親子とカップルの姿。窓の向こうには別府の街並が静かに広がっていた。
その扉を開けると風呂などなく、なんと山道に出た。スリッパを履き、その山道を歩いて行くらしい…。なんだなんだ…。すぐに、男湯の金鉱の湯と女湯の景観の湯(日替わり)に道が別れた。一体どこまで歩いていくのやらと思ったが、1分ほどでモクモクと湯気が昇る露天風呂らしきものが見えた。
うわぁぁ。山道の先は扉もなくそのまま風呂場になっていた。すごい…。まさに野湯。そしてその湯で一人幸せそうに浮かんでいるおとうさんの姿があった。3畳程の大きさの脱衣所で裸になり、
「こんにちは」と声をかけると
「こんにちはー」とややだるい声で返ってきた。
風呂で二人っきりの状態だと話さない方が居心地悪いのでかならず軽く話しかけることにしている。(笑)
風呂は上下に二つ。上の方は透明なのに下は青みがかった乳白色で美しい。まずは上の透明の湯につかると思わず
「あつっ!」と声を出してしまった。
「そっちは熱いでしょ。こっちはぬるめですよ」
と、下からおとうさんの声がした。
そして、
「ここ迷いませんでした?ナビが全然役に立ちませんでしたよ」
と言うので、
「いやー迷いましたよ。別府に着いてから1時間かかりました」
と返したがそれについては何故か返事がなかった…。大袈裟だろうと思われたかしら…。
緑に囲まれた露天風呂からはわずかだが別府の街並みも見えるがそれが見えることはそれほど重要ではなかった。それよりも野湯のような自然の湯につかる素晴らしさをしみじみと味わった。
「あぁぁ…ふぅぅ……あぁぁ…」と下の風呂でユラユラしているおとうさんは、随分と気持ちがいいらしくそんな声をずっと発していた。おとうさんがすぐそばにある温泉の熱だけで味わえる自然のサウナへ行ったので青い湯につかってみる。びっくりするくらい温度差があった。上の湯よりもややぬるめだがやわらかくぬるっとした泉質でいい感じ。
しばらくしておとうさんが
「おさきです!」
と右手をあげ山道を降りて行った。誰もいない青い秘境温泉。たったひとりそれを味わえる幸せはあまりにも素晴らしかった。気がつけば、「あぁぁ…ふぅぅ…いいねーこれは」などと、おとうさんと同じような言葉を発していた。(笑)サウナにも入ってみたがこれまたいい感じ。お湯の臭いがプンプンする湿気たっぷりの自然のサウナだった。
猛烈に感動し、坂道を下り、和室でだんご汁定食(小麦粉で作った平たい麺を野菜などと一緒に味噌仕立ての汁に入れたもの)と向き合う。前日に黒川温泉で同じようなだご汁を食べたので2日連続。こんなに食べられるわけがないと思ったくらい大量の定食。ところがだんご汁があまりにもうまくその影響であっというまに平らげてしまった。
だんご汁はごっそり入った野菜の旨みがなんともいい。だんご自体(平たい麺)は、すいとんのような感じ。もともとは保存食だったんだろうなぁ。この定食とあの露天風呂がついて1200円というのは安過ぎる。帰り際にお金を払いながらおかあさんに聞いてみた。
「なんで上と下で湯の色が違うんですか?」
「上の湯は掃除をしたばかりだから」
「え?じゃあ元々は透明なんですか?」
「そう。一日経つと徐々に青くなってくるの」
なるほど。つまり上の湯はほぼ源泉に近い状態だから透明で熱かったわけか…。しかし肝心の青くなる理由は聞き忘れた。(笑)まあ謎の方がいい場合もある。
すっかり満足して帰ろうとすると、スポーツチームの団体がドカドカやってきたところだった。あの集団と一緒に入っていたら…と思うとゾッとした。秘境温泉気分はまるで味わえなかっただろう。
別府の海岸線を走りながら大分空港へ向かった。レンタカーを返却し、空港まで送ってもらう途中、窓の向こうに菜の花畑が見えた。空港で降ろしてもらった後、菜の花畑まで歩いて引きかえし、大きなカーペットのように真四角に彩られた黄色の世界を眺めた。いつの間にか春が訪れていた。
周辺をブラブラ散歩した後、空港に戻り、海甲という寿司屋で大分名物の関アジと関サバをつまむ。どちらもしゃりとネタの間にしそが挟まれており、弾力がありモチモチした歯ごたえ。同じ海峡で獲れる愛媛で食べた岬アジと岬サバとやはり似ていた。
旅の締めは海甲ちらしと呼ばれる海鮮丼。それに入っていたシャコ貝とサバがなかなか美味しかった。缶ビールを買い送迎デッキに上がり夕暮れの中を飛び立つ飛行機を見ながらちびちび飲んだ。春のやさしい風が気持ちよかった。
(07年3月:旅々旅人) |
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