「やっぱり草津だね〜!」
日本全国の主要な温泉地をほぼ回ったと言い張る(笑)お隣さんに一番良かった温泉地を聞くと、迷わずそう返ってきた。
草津か…。もっと聞いたこともないような名前がポロリと出てくるかと思っていたが、言わずと知れたメジャーな温泉地であった…。しかしその言葉が行くきっかけにもなった。本もそうですがクチコミはやはり人を動かす力がありますね。
季節は6月。時間は、朝の6時50分。読みかけの小説1冊とタオル1枚だけが入ったショルダーバックを肩にぶら下げ、埼玉は大宮駅から「あさま601号」に一人乗り込んだ。ホームの売店で買ったアイスコーヒーを片手にコロッケサンドにかぶりつく。窓の外は嬉しくも晴れ。
大宮駅を出て約30分。気がつけばいつの間にか埼玉から群馬に入っており乗換駅の高崎駅に到着。ここから乗り換えるのは、万座・鹿沢口行きの上越線・渋川経由、吾妻線(あがつません)。オレンジ色と緑色のボディー。昔よく乗った東海道線と同じものだ。間もなく動き出した電車は、ガタゴト揺れながら田園風景の中をゆっくり進んでいく。
渋川駅を過ぎると一気に人が増える。目の前に立った女学生達はテスト前なのか英単語の勉強に熱が入っている。意外に多くの人達を乗せ電車は万座・鹿沢口駅へ向けズンズン登っていく。市城(いちしろ)駅に停まりドアが開くと、ぷ〜んと山の香りと湿気が車内に入ってきた。次の駅、中之条駅で学生達がゴッソリ降りると、車内は一気に静まり返り電車が走る音だけが心地よく響いた。
ガタンゴトンガタンゴトン。
草津温泉の最寄り駅である長野原草津口駅に着いたのは、大宮駅を出て約2時間後。駅の階段を降りたところにあるそば屋さんには、"高校生は300円"と白い紙が貼られている。心意気だね〜。その店の先に草津行きのバスがエンジンをかけたまま停まっていた。それに乗り込むと約5分後に10人程の乗客を乗せて動き出した。そして山道をクネクネ登りながら約30分後に草津温泉に辿り着いた。
標高1,200メートルの温泉地だけに朝の空気がキリリと冷たい。バスターミナルからそのまま向かったのが草津のシンボルの湯畑。細い坂道を下っていくと少しずつ、硫黄の香りが強くなってくる。そして、湯畑が視界に広がると同時に強烈な硫黄の香りに包まれた。うわぁぁ…こりゃすごいや…。
大きな湯畑。1分間に約4000リットル湧き出ると言われるお湯の温度は55度前後とかなり熱い。7列に並んだ木樋にお湯を流し外気で湯温を冷ましてから各浴場へ送られている。その木樋から流れてきた湯がバシャバシャと滝のように流れ落ちていた。
湯畑の周りの石柵には、「草津に歩みし百人」と題された著名な方の名前がズラズラ彫られてあった。源 頼朝 1193年、豊臣秀次 1588年、石原裕次郎…、ちらっと見ただけだが印象に残る名前がわんさか。
湯畑を背にして歩いたのは西の河原通り。これぞ温泉街といった感じの風情ある通り。少し歩くと道をふさぐように、できたての温泉饅頭が乗ったトレーを差し出すおとうさんとお茶を差し出すおかあさんの姿…。
「ほらっ食べてみて!美味しかったら買っていって!」
ここまで大胆に試食を促されたのは初めて…。これもある意味草津名物かしら…。
無料なこともあり、せっかくなので一つ食べてみたのだが、あまりの旨さに驚いた。
これはうまい…。
おみやげではよく食べていたが、こうやってできたてを口にするのは初めて。アツアツで柔らかくトロトロな甘味に満足し、早くもみやげに一箱買うのであった。(後日、温泉まんじゅうは、やはりできたてが圧倒的にうまいことを思い知ったが…)
「どこか日帰りで露天風呂に入れるところ知りませんか?」
ついでに店の人に聞くと、
「この道を5分程歩いた所に西の河原大露天風呂があるよ」
と教えてくれた。
その露天風呂は、西の河原(さいのかわら)と呼ばれる公園の奥にあった。公園には湯川に沿って「鬼の茶釜」や「琥珀の池」などあちこちで温泉が沸き出しており、白い湯煙がユラユラと立ち昇っている。
さてさていよいよ草津の湯に浸かるときがきた。入口で500円を払い脱衣所へ。そして脱衣所の先に、巨大な露天風呂がドドドーンと広がっているのが見えた。なんだこりゃ…。これは、池か?色といいその非常識な大きさといい露天風呂のイメージではなかった。露天風呂の周りには鮮やかな緑の木々が生い茂っている。
硫黄の香りがプンプンするちょっとぬるめの湯を両手ですくいその中へ顔をうずめる…。
うぉぉぉぉ……!目が痛い……………。
そして口に少しお湯が触れただけなのにとてもしょっぱい…。なんだかすごい湯だぞこれは…。身体にあった擦り傷がピリリと痛い…。
100人以上が余裕で入れそうな大きな露天風呂はその先にも続いており、一番奥まったところに源泉からの熱いお湯が滝のように流れ落ちてきていた。かなり熱く、これぞ温泉!と言うべきポイント。そのポイントでしばらくのんびりした。ずっと湯が流れてくる音だけが聞こえてきた。こんなに泉質が強烈な温泉は初めて…。
「お湯はどうでした?」
帰り際、放心状態の僕に受付のおとうさんが気さくに声をかけてくれた。
「いや〜サイコーでした…。すごかったです…。ところで、あの目が痛くなる感じはなんなんですかね‥?」
「あれは酸分です。痛いところが直りますよ。(笑)私は目が悪いのであのお湯の中で目をカッと開けるんですよ」
「え!?あの湯の中で目を開けるんですか…?」
なんだか恐ろしい言葉が返ってきた…。それはとても危険な行為だと思うが…。
江戸時代の中期の頃は、いわゆる花柳病の治療場として効果が高いことが遊郭や宿場女朗などを通して広まり、多くの方が江戸から訪れたことを知った(郷土資料事典より)が、この湯ならホントになんらかの病を直す力があるように思う。
「また来ますね」と、おとうさんと再訪を約束した後、また湯畑に戻った。そして、湯畑の周りにあるベンチに座り、プルプルの温泉玉子をつまみに草津の地ビール「湯あがり涼風」を飲んだ。
地ビールで胃を程よく刺激した後はお昼ごはん。そば、うどん、寿司、中華、お好み焼きなどの店を見かけるが、ここはという外観の店になかなか出会えない…。そろそろ限界に近づいてきたので、えいやと「大信」というそば屋さんに入った。そば屋さんだけどうどんもあり、大きな舞茸がゴッソリ乗った舞茸うどんを食べた。舞茸が絶妙に美味しかった。草津もそうだが山間の町で抜群に美味しいのは、やはり地元で採れた旬の山菜。
日帰りの旅だがまだ時間があるので、バスで標高2171メートルの白根山の火口も見に行った。活火山なので草すら生えていない。頂上付近には直径が200メートル程もあると言われる不思議に青白い色合いの湯釜があった。
そしてものすごい硫黄の香りが鼻を刺激する。それを嗅いでいると、また草津の湯に入りたくなってきた。次、いつ来られるか分からないし…、よーし早目に戻りもう一風呂楽しむことにしよう。
再びバスで草津に戻り、今度はもう一つの大浴場「大滝乃湯」に浸かった。朝に入った西の河原大露天風呂と違い、ここは内湯、露天風呂、あわせ湯、サウナまであった。ここもかなり素晴らしく感動。
露天風呂をゆるゆる楽しんだ後、白い湯の花がたっぷり浮かぶ内湯に浸かる。熱めで自分好み。そして内湯の中にある打たせ湯の下に座ると頭の上に硫黄たっぷりの源泉掛け流しの強烈な湯がドバドバ流れ落ちてきた。す、すご過ぎる…。
「やっぱり草津だね〜!」
そう、僕に言ったお隣さんの気持が確かに分かった。他にも沢山いい湯はありますが、草津はやはり最上級に素晴らしい湯の一つと思います。
(06年6月:旅々旅人) |