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朝の6時。気温はマイナス4.5度。小雪がちらつく1月の札幌市中央卸売市場の場外。路地をひょいと入った所にある小さな寿司屋で朝ごはんを食べた後、大通りに出てタクシーをつかまえ札幌駅近くの旅館へ向かった。
フロントミラーに映った運転手さんは60前くらいに見えた。アウェーなのは承知で思い切って素直な感想を口にした。
「函館もそうでしたが札幌の市場もカニは結構なお値段ですねー(笑)」
「残念ながらそうだねー」
二人してガハハと笑った。
「でもねー。値段はおかしくなってるけど、この時期のタラバはたっぷり脂がのっていてうまいよー。脱皮するために栄養が必要だから今が一番旨いんだよ」
「へー。タラバは脱皮するんですか…」
「そう。脱皮した後はダメ。ボソボソだから。今日、10時から東急の地下で釧路産のカニが一杯千円ぐらいで売られるらしいから行ってみたらどう?実は俺も行くんだよ。だって一杯千円だよー!安いよ!ガハハ」
「いいですねー!でも今日は朝一で小樽に行くんですよ…」
「えっ……。小樽に行くのになんでここに来てるの?小樽は港町だからなんでも安くて旨いのに。僕は何年か住んでたことがあるんだよ」
会話が途切れることはなかった。約10分。ものすごく楽しい時間で最高の運転手だった。ホッケが大好きらしい。
***
札幌駅を8時42分に出る函館本線に乗り込んだ。電車には雪が積もっている。この日は前日(マイナス8度)よりは暖かいマイナス4度だが、やはりさむい…。北海道の冬はこんなに寒いのか。絶対住めないぞ、これは。電車はビュービューと風を切って走る。窓の外はもちろん雪景色。意外にもほぼ席は埋まっていたがひどく静か…。
銭箱駅を過ぎると右側の窓に冬の日本海がドドドーンと現れた。どんよりと深く沈んだ色だが、なんだか妙にジーンとくる風景。演歌が聞こえてきそうだ。一度は見たかった北国の冬の海。しかし僕以外に誰もその海を眺める人はいなかった。家族ですら…。
札幌を出て約47分。小樽もまた雪に覆われていた。駅舎の上に並んだいくつものランプが美しく輝く。小樽と言えば寿司。特に冬の時期は身が締まり脂がのった寿司が食べられると北海道出身の知人に聞いたことがある。前もって調べておいた評判のすし屋「千成寿司」に念のため電話を入れると2時まで予約で満席らしい…。ガクッ…。ここまで来てそれはないでしょ…。
第二案を用意していなかったこともあり、猛烈に落ち込みながらとりあえず10センチ程積もった雪道を小樽運河へ向け歩く。たまたま同じ方向へ歩いていた地元の方らしいおとうさんがやたらと日本銀行の金融資料館に展示してあるらしい1億円の札束がオススメであることを熱く語るのだが…却下。(笑)
なんなんだろう。初対面の人に道端で突然1億円の札束を薦める人の心境は…。(笑)雪が少し凍りだしていたので約13キロの子供を抱いたまま10分程歩き運河に着いた。
そこには、レトロな倉庫がわずかに7棟並んでいた…。しかしまあ、屋根に雪が積もりあまり観光ブックでも見ることのない風景。これは雪の季節に見た方がいいかも…と、一人うなずく。小樽に着くと気温はマイナス1度に上がっていたが、雪に囲まれているせいかやはり激しくさむい…。子供は笑っているが鼻は真っ赤…。
暖をとるため立ち寄ったのは、堺町と寿司屋通りがぶつかる交差点のそばの浪漫館というガラス屋さん。そこでコーヒーも飲めるらしいのだ。店内に入るときらびやかなガラス雑貨とアンティークな家具が並ぶ不思議な空間に迎えられた。妻と息子は大ハシャギ。
その間、僕は最初に会った女性の店員さんに美味しい寿司屋を聞いていた。少し考えてから3つの名前を教えてくれた。そして店の奥にある落ち着いたカフェで注文した小樽ブレンド(コーヒー)を丁寧に作ってくれている女性にも聞いてみた。少し考えて1つの名前を教えてくれた。
最初の女性に教わった店と共通する店が一つ。それが政寿司。しかし2人ともどうやら行ったことはないらしい…。あくまでも評判。それでも、せっかくなのでそこへ行くことに決めた。小樽ブレンドを飲みながら窓の外を見ると、この猛寒の中を人力車がユサユサ通り過ぎていった。妻は紅茶を、息子はホットケーキと向き合いながら幸せそうな顔をしていた。ここはいいカフェだ。かなり長居した。
政寿司は坂道に寿司屋が立ち並ぶ寿司屋通りを上がった所にあった。6階建ての恐ろしく巨大な寿司屋で観光客がどっと押し寄せて来ても対応できそうなシステムになっていた。畳の小部屋に通されて、正直やっちゃったかなと思った。これは観光客向けの店だ…。
ところが寿司の前に出されたイカソーメンを食べてその思いは吹き飛んだ。まずは醤油と玉子。その上にトロトロのウニを入れ混ぜ合わせる。そこへ細い海苔が少しついたイカソーメンを少しつけて食べる。うまい…。あまく、まろやかでとろけそう…。ビールをやりながら、すでに満足感にひたる。イカソーメンがついているのは妻が頼んだ小樽コースA(3,700円)。
少しして、僕が頼んだ特上政寿司(3,800円)が現れた。11個のにぎりが並んだもので一つ一つそれがなんであるか説明してくれた。大トロ、大ぼたんえび、大ぼたんえびの頭、うに、いくら、平目、数の子、ホッキ貝、ホタテ、あわび、ズワイガニ。どれも美味しかったが初めて食べた大ぼたんえびの頭をウニのように海苔で巻いたものが特に美味しく感じた。冬のこの時期ならではの味覚かもしれない。贅沢なランチとなった。
政寿司を出ると青空が広がり、雪がまぶしく光っていた。民家の屋根からは1メートル近い大きなつららがぶら下がりポツポツ雫を落としていた。寿司屋通りの坂道を下り、デザートに運河ターミナル内にある「あまとう」という洋菓子喫茶で十勝小豆の上に冷たいアイスがのっかった「クリームぜんざい(400円)」をペロリ。我が家は時々寒いときに寒いものを食べたり、暑いときに熱いものを食べる習性がある。しかしさすがに冬の小樽ではきつかった…。(笑)
少しポカポカ暖かくなり雪が溶け出した小樽の街を子供を抱っこして小樽駅に戻った。新千歳空港へ向かうエアポートが待っている5番ホームの反対側の4番ホームは裕次郎ホームと書かれてあり、石原裕次郎さんのパネル写真まで飾られていた。石原兄弟が幼い頃、父親の転勤(汽船会社の支店長として)で小樽に住んでいたことがあるらしいのだ。小樽には「石原裕次郎記念館」なるものもあるが、僕の世代(70年代生まれ)には残念ながらピンとこない…。なんせ「太陽にほえろ!」のボスのイメージしかないからだ。(笑)
エアポートの指定席に座るとホームに石原裕次郎さんと牧村旬子さんが歌う「銀座の恋の物語」が流れてきた。おかげで新千歳空港に着くまでメロディーが頭にジワジワ響いていた。(笑)
(07年1月:旅々旅人) |
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