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長良川・鵜飼
屋形船・鮎の塩焼き・鵜飼。
岐阜城天守閣から
鮎の塩焼き 屋形船
味噌煮込みうどん
 1:岐阜城天守閣から
 2:鮎の塩焼き
 3:屋形船
 4:味噌煮込みうどん
詳細地図
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[アクセス]
東京駅→(のぞみ:約1時間40分)→名古屋→(JR東海道本線:約25分)→岐阜駅→(徒歩:約20分)→柳ケ瀬・山本屋本店→(車:約15分)→岐阜公園駐車場→(ロープウェー:約3分/徒歩:約5分)→岐阜城天守閣
岐阜公園駐車場→(車:約5分)→長良川鵜飼(長良橋近く)
[関連サイト]
■鵜飼について
■岐阜観光ガイド
■山本屋本店
[旅行手配内容]
新幹線(JR緑の窓口):約30,000円(全費用)※鵜飼代含まず
岐阜方面の名物
 
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ハードな仕事に追われた7月がようやく終わり、少しばかり現実から脱出したくなった。昔から思い立ったらすぐに行動してしまうタイプ。翌朝にはビールを片手に、のぞみの指定席に座っていた。岐阜にいる友人と一杯やることにしたのだ。岐阜までは、わずか2時間程。飛行機の旅もいいけど、ゆったりした座席で快適にくつろげる新幹線の旅もまたいい。気がつくと窓の向こうを美しい富士山がゆっくり流れていた。

名古屋で東海道本線に乗換え約25分で岐阜駅に着いた。駅まで迎えに来てくれていた友人と美川憲一さんの大ヒット曲「柳ケ瀬ブルース」で御馴染みの柳ケ瀬を歩く。夜はネオンがきらめくが、昼の柳ケ瀬は恐ろしく静か…。飲み屋の看板が随分と寂しく見えた。

味噌煮込みうどん柳ケ瀬にある噌煮込みうどんの老舗、山本屋本店に入った。ここの味噌煮込みうどんは好物のひとつ。初めて食べた時はスープが濃すぎて麺も固く、なんじゃこりゃ!?と思ったけど、二度目から突然ハマッった。パンチがありうまい。

漬物土鍋に赤味噌と白味噌がブレンドされたこってりスープと独特の硬い麺。岐阜に来た時は欠かさず寄っているが、何度食べてもやっぱりうまい…。仕事の疲れまで一気に吹き飛ぶうまさ。一緒に出てくる、さっぱりした漬物をたまり醤油につけて食べられるのも嬉しい。しかもお替りは自由ときた。

「今日は鵜飼見に行こうか!」
友人が思いがけず鵜飼に誘ってくれた。鵜を操り鮎を捕えるあの鵜飼(うかい)を屋形船に乗って見るらしい。
「いいね〜行こう」
鵜飼は、「古事記」や「日本書紀」にも書かれている鮎漁法で、その上質な鮎は天皇への献上品とされてきたらしい。今でも全国で13箇所行われており、中でも最も大掛かりでよく知られているのが岐阜の長良川の鵜飼。

金華山それまで時間があるので、斎藤道三、織田信長らの城であった岐阜城(稲葉山城)へ登ることに。今日まで続く岐阜という名は信長が名付け親。(改名前は井の口)岐阜城は岐阜市内ならどこからでも見られるのではないかと思えるほど信じられない場所に建てられている。

ロープウェー標高約330mの金華山。見るからに急勾配のその山を本来なら歩いて登りたかったが、それ程時間もないのでかつての信長の居城跡でもある岐阜公園から出ているロープウェーで一気に運んでもらった。ロープウェーを降りてから天守閣へ登る5分程の道でさえ細くまた勾配もあり、改めてよくこんな場所に城を築いたものだと感動せずにはいられなかった。

天守閣内は小さな資料館のようで、とても城の中とは思えない程のコンクリートの無機質な造りであった。(三層四階)壁の周りはシンプルな資料スペースになっている。中央の階段を登り最上階へ上がったが、そこから見渡せる景色は素晴らしかった。あの道三や信長も眺めた場所かと思うと感慨深い。
岐阜城 岐阜城 岐阜城

石垣この天守閣は昭和31年に造られたものとパンフレットに書かれていたが、土台になっている石垣はどうなのかと受付の女性に聞くと、石垣の多くも新たに作られたようで当時から残っている石垣は一部であることを教わった。教わった付近へ行くと確かに、他とは色が明らかに違い土にグサリと突き刺さっていた。わずかだが本物を見られて良かった。

***

「今日はやるかな…」
心配そうに友人がつぶやいた。鵜飼が見られる長良川の船着場へ向かう車の窓に突然の雨に濡れた岐阜の町並みがしっとり映る。しかし、5分もすれば嘘のようにピタリとあがった。車を降りると雨の後の涼しい風と長良川の川水の湿った匂いを感じた。

屋形船雨もすっかり上がった夕暮れ時の長良川の岸に、赤い屋根の屋形船がギシギシと並んでいる。屋形船は東京の隅田川以来2度目。友人が手配してくれた屋形船に乗り込む。浴衣を着た美しい女性の姿もある。隣に浴衣を着た男もいたが。(笑)

懐石料理40人ぐらいが乗ると船は少し上流へ進んだ。時折涼しい風を感じる中、目の前に懐石料理の弁当が運ばれてきた。ほどよく冷えたビールで乾杯。懐石料理の後、近くの川岸で焼きあがったばかりのアツアツの鮎の塩焼きが舟で運ばれてきて驚いた。

鮎の塩焼きふんわりやわらか。川魚らしく、どっしりした味わいで旨い。ビールの後にオンザロックでやっていた焼酎との相性もなかなか。二杯目の焼酎に突入し、ふわっとした酔いに包まれた頃、鵜飼が始まった。

上流から真っ赤に燃える篝火(かがり火)と共に鵜匠を乗せた6隻の鵜船(うぶね)と呼ばれる小さな木の船が間隔を開けてゆっくり迫ってきた。
「あっ!来た!」
船内から歓声と拍手が起こる。間もなくして屋形船の近くでとまった。すでに漁は始まっているらしい。鵜匠が操る手縄(たなわ)の先に何羽かの鵜の姿が見え隠れする。

鵜飼鵜が呑みこんだ鮎は、鵜の食堂でキュッと締められ喉の皮の部分に一旦溜められる。そしてある程度溜まると引き上げられ、舟の上に吐き出すらしい。実際のところ、暗いし、ちょっと距離もあるので、残念ながらあまりよくは見えない…。

何故胃まで鮎が入っていかないのか…。どうやら鵜の喉元には紐が巻かれており、鮎が胃へ通らないようにしていることを鵜飼を既に10回以上も見ているという友人から教わった。6隻の鵜舟が横一列で川を下る「総がらみ」と呼ばれるのが鵜飼のクライマックス。この時が一番盛り上がった。

屋形船のガイドの話によると、鵜を使いながら魚を捕る漁法の鵜飼の始まりは、1300年ほど前にさかのぼる。その鵜の使い手を鵜匠と呼ぶのだが、その鵜匠は長良川ではわずか6人(全国合わせても合計9人)。そしてその6人は、実はみなさん宮内庁に属する(宮内庁式部職鵜匠)のだそうだ。つまり宮内庁の職員というわけだ。宮内庁の人の仕事ぶりを始めて見せてもらった(笑)。

鵜飼が終わると屋形船はゆっくり川岸へ戻った。長良川を後にし、ほろ酔い気分で岐阜市内の繁華街へ向けタクシーに揺られた。今宵は久しぶりの友人と岐阜の夜を楽しもう。男同士、じっくりと差しで飲むのは実に嬉しい時間。タクシーの窓から人通りの恐ろしく少ない岐阜の夜が見えた。かつて道三、信長らが開いた楽市楽座で賑わった城下町の面影はない…。岐阜の友人が言うには、岐阜の人はどうやらおとなしいらしく、家で飲む人が多いとのこと。

タクシーを降り静かな街中を少し歩き、彼が馴染みにしているというスナックの重たいドアを開けた。

(05年8月:旅々旅人)
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