冬の魚「アンコウ」の旬は、11月から3月。100m以上も深い海にいるアンコウは冬になり水温が下がると数10mも上がってくるそうな。そしてこの時期のアンコウは産卵を控え、肝に脂がのり食材として最高らしい…。 11月も半ばになり、アンコウの本場の一つ、茨城県の那珂湊(なかみなと)へアンコウ鍋を食べに出かけました。朝7時。上野発の「フレッシュひたち」の自由席。ホームを出ると強烈な朝陽が車内へ差し込んできたため、窓側に座っていた人がいきなりカーテンを閉めてしまいました…。車窓から見える風景を楽しみたい僕には悲しい幕開けとなったのでした。 勝田駅で乗り換えたのは茨城交通湊線。2両編成のいかにもローカル線といった感じの渋い電車。天井にはいくつか扇風機がぶら下がっています。そこそこの乗客を載せ、一本だけの線路をガタゴト。小刻みに揺れる電車の窓からは、のどかな田舎の風景が静かに流れます。 魚市場のある那珂湊駅に着いたのは、約15分後。駅を出て海へ向かう道を10分程歩くと、派手な色の建物が並ぶ「おさかな市場」に到着。海のすぐそば。すぐ近くに見える海門橋を渡った向こうは大洗。 那珂湊には、一般の人も魚を買える「おさかな市場」と水揚げやセリが行われる漁協の「魚市場」があります。まずは「おさかな市場」を歩いてみるとズワイガニや鮭、ブリなどが所狭しと並んでいます。北海道は紋別産のズワイガニが1杯1000円ぐらいで売られていました。安い…。 生牡蠣がその場で食べられるらしく、人だかりができていました。1個200円で買うと、おっちゃんがナイフで殻を取ってくれ 「ほらっ、うまいよ〜。潮水だけで食べられるから」 と、割り箸と一緒に手渡してくれました。20cm近い大きな生牡蠣をツルンと流し込む。新鮮でプルプル…。 市場を歩いていて気がつきました。肝心のアンコウの姿が見えない…。どうしたことかと思っていたら、ちょっと奥まった店先にわずか2匹のアンコウが、白い発泡スチロールに入れられペチャンといました。大きな口にギョロッとした目。いかにも深海魚的なビジュアル。まじまじと見ると、とてもグロテスクで食につながるイメージは、ひとつも起きない。ちなみに1匹22,000円と書かれてありました。 それでも今日は、アンコウ鍋。おさかな市場では、食堂やレストランに加え回転寿司まであります。市場近くにも何店かアンコウ料理の専門店がありましたが、市場内にあるやまさ水産さんが運営する和風レストランに決めました。大きなレストランで観光客がどっと来ても大丈夫かのような体制と意気込みを感じます。壁の貼り紙には「ズワイガニ食べ放題 2980円」という文字。安過ぎて怖い…。(笑)一人、海が見える畳の小上がりに座るのでした。 ここへ来る前に市場周辺の店をいろいろ見て回りましたが、アンコウ鍋は2人前からが常識。しかし、2人前となるともちろん相当な量であり金額的にも5千円越えを覚悟しなければならない。メニューを見ると、やはり2人前から…。うーん…。それでもアンコウを食べに来たのだから仕方がない。「アンコウ鍋」を注文しました。ところが、 「はい。鍋1人前入りました」 と、勝手に1人前のオーダーが厨房に響き渡るのでした。すばらしい…。 こうして1人前2625円のアンコウ鍋を頂くことに。前後に座った女性客は朝からビールをやっています。ビール好きの僕もさすがに朝ビールはまだちょっと抵抗があります。窓から見える海を見ながらボーっとしていると、グツグツジュワーっと鍋が吹きだしてしまいました。やっちまった…。蓋をとり、中央にポツンとあるあん肝を崩しながらスープになじませていきます。 そしていよいよ、ズズッ…。うまい…。 アンコウの出しと味噌がブレンドされたスープが濃厚でどっしりとうまい。このスープの中につかった野菜や豆腐がうまくない訳がない。ごはんが欲しくなるほどしっかりした味わいでしたが、鍋を食べ切る自信がなかったので断念。 アンコウの7つ道具と呼ばれる「肝、身、皮、ヒレ、エラ、卵巣、胃袋」全て入っているか、素人の僕には分からりませんでしたが、いろいろな部分をハウハフと食べました。それら自体にはそれほど旨みは感じませんでしたが…、濃厚なスープが素晴らしく美味しかった。これはアンコウ鍋というより、"アンコウ鍋風野菜鍋"って感じかしら…。 ホント言うと、アンコウ鍋ではなく「どぶ汁」を食べたかった。どぶ汁は、水を一滴も使わず、あん肝を煎り付け味噌を混ぜ合わせたものに、アンコウの7つ道具や野菜を入れ、アンコウの身から出る水分や野菜から出る水分だけで煮たアンコウの鍋料理。市場周辺をぶらぶら歩いている中で、それをやっている店は見つけられませんでした。相当うまいらしい…。 アンコウらしさは今ひとつですが…、美味しい"アンコウ鍋風野菜鍋"をたらふく食べられたことに満足し、今度は水揚げやセリが行われる魚市場へ歩いて行きました。おさかな市場から5分程のところ。 港では釣りを楽しむ人の姿。その先に集魚灯を装備した迫力ある漁船が3隻とまっていました。どうやら水揚げは終わった後らしく、漁師さん達がコマコマと底曳き網を丁寧に手入れをしていました。なかなか厳しい表情。この日は不漁だったのかしら…。 魚市場を後にし、那珂湊駅まで戻りました。絶妙のタイミングで走りこんできた電車に乗って向かったのは、終点でもある「阿字ヶ浦(あじがうら)駅」。海を見ながら入れる天然温泉があることを知り、ひと風呂浴びることに。約10分後に、いかにも終点駅といった感じの空気が漂う素朴な阿字ヶ浦駅に着きました。いやー渋いねー。絵になるねー。 海辺へ向け坂道を下っていくと、旅館や民宿が何軒も目に入ってきました。さらに坂道を下りた先に、大きな海が広がっているのでした。阿字ヶ浦海水浴場と周辺の看板などで判明。何台もの車が海に向かう形でとまっており、運転手がボーっとただ海を眺めていました。沖縄本島でよく見る風景。浜辺には家族連れの姿。夏場は地元で人気の海水浴場らしい。 天然温泉「のぞみ」は、浜辺から振り向いた先にありました。3階建ての不思議な形。地下1,504mから湧き出る40.2度の超深層水とパンフレットにあります。風水温泉とも書かれていました。はてと…。900円を支払い、タオルを借り3階にある風呂場へ上がります。 そして、露天風呂へ直行。おお!素晴らしい!ほんとに目の前に海が広がっている。天気もよく最高!お湯は、塩分が濃いのか身体全体がピリピリと引き締まる感じ。手にすくった湯に顔をうずめるとちょっとしょっぱい。泉質の表示を見ると「ナトリウム-塩化物強塩泉」と書かれていました。露天風呂は3箇所あり内風呂が1箇所。サウナもあり思っていた以上に楽しめました。 湯上がりに、海のそばの食堂でビールを買い、海を見ながらグビリ。さいこー!海に来る時は、運転手であることが多いため滅多にビールは飲めない。こんなシアワセな時間を逃していたとは…。これが電車の旅の魅力の一つなんだなぁ。 海風に吹かれながら、のんびりと阿字ヶ浦駅まで歩いて戻ると、見事にだれもいませんでした。駅員さんすらいません。一人ベンチに座り電車を待っていると、なんだか夏に海に行った帰りの、あの火照るような感覚に身体が包まれていくのを感じました。塩分の濃い温泉と海風の影響か…。この感じ、子どもの頃から大好き。(笑) しばらくするとガタゴト2両編成の電車が入ってきました。その電車からたった一人の乗客がホームに降りてきました。そしてまた、たった一人の乗客を乗せ電車は走り出すのでした。 (06年11月:旅々旅人)