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我が人生二度目の高松駅に降り立った。時計を見ると夜の7時半頃。僕は愛媛の松山で青春時代を過ごしたが(現東京在住)、同じ四国と言えど香川は近くて遠い場所だった。明治時代、約13年間も香川は愛媛であった。しかしそれをリアルに体験していない僕にとって、特別親近感もないし、ぶらっと行くような場所でもなかった。特別な感情を持つのは甲子園の時くらいだったかな。(笑)
だから讃岐うどんをちゃんと食べたことがない。松山もうどんは美味しいのでそれで十分満たされていたこともある。高松駅で降りたのは讃岐うどんの店では珍しく深夜営業をやっており尚且つ、うまいと評判の店の存在を知ったからである。それが高松の繁華街にある「鶴丸」と「こんぴらうどん」。香川のうどん屋は開店も早いが閉店も早いのでこういう店は非常にありがたい。
初めてのさぬきうどんは、今宵の宿にも近い古馬場町にある「こんぴらうどん」。客は中年のおとうさんと若い女性のカップルだけで静か。讃岐うどんでは珍しい細麺の店なので、讃岐うどんらしさはないのだが看板メニューの讃岐牛を使った「しゃぶしゃぶ肉うどん(950円)」を食べた。
これが実にうまかった…。赤味が残り、やわらかくてあまい讃岐牛といりこ、カツオ、昆布、椎茸でダシをとったというつゆがしみじみとうまい。モチッとやわらかな細い麺が自然とそれらと馴染んでいる。いりこの風味が口に残る中、繁華街を歩く。どことなく大阪の香りもする。松山よりも賑やかに感じた。
2軒目の「鶴丸」はすぐ近く。暖簾をくぐり店に入ると、カレーの匂いがすごい…。そしてものすごい人。どうやらこっちの方が人気らしい。看板メニューはカレーうどんと書いてあった。奥のカウンター席に向かうまで他の人が何を食べているかちらちら覗いていくと、かなりの人がカレーうどんをハフハフ食べていた。カレーうどんか…?それだと、どっちかつうとカレーがメインじゃないすか?(笑)
うどんの本場に来たからにはうどんそのものをしっかり味わいたい。僕は釜から上げたてのアツアツの麺をつゆにつけて食べる釜揚げうどん(550円)にした。待ってる間、おでんをつまむ。カレーうどんの客に挟まれ釜揚げをズルズル食べた。コシとぬめりがありプルルンとした麺で美味しい。つゆなしで食べてもしっかり味がした。
2軒食べてというか…、来る前に東京の中十条の讃岐うどんの店「す
みた」などでも食べていてうすうす気づいていたのだが、僕にとってそれほどうどんのコシというのは重要でないことが、ここではっきりした。まずは美味しいあたたかいつゆありき。そしてそのつゆといかにおいしく麺がからむかが重要だということを。
***
翌朝、ホテルから高松駅まで歩き、5時45分発のガラ空きの予讃線に乗り込んだ。行先は高松駅から1時間程の善通寺駅から歩いていける「宮川製麺所」。うどんは打ちたてがうまいと聞いた。宮川製麺所が開くのは朝の8時頃。その約1時間前に着く予定。
朝が早かったので電車で寝ようと思っていたが、朝焼けをバックに美しい讃岐独特の風景が続き眠れない。円錐形の小さな山がポコポコ…。途中、15分程とまった坂出駅のホームに降り立つと「瀬戸の花嫁」が流れてきた。いいねー。
善通寺駅には7時前に着いた。まずは、弘法大師(空海)の生誕地で四国霊場第75番札所でもある善通寺に寄った。白衣をまとったお遍路さんに紛れながら境内に入る。赤門から入って左手に聳える五重塔が見事だった。総欅(ケヤキ)造で、高さは約45mと巨大。(法隆寺の五重塔は31.5m)しばし見とれてしまった。
まだ時間は早いが、宮川製麺所の場所を確かめようと古い平屋が群れる住宅街を歩いていくと、まだ7時半頃なのに、素朴な造りの店から爪楊枝を歯茎に刺したおっちゃんがシーハーシーハーやりながら出て来た。あれっ…もうやってる?もしかして開店は8時じゃなくて7時だったりして…。
「そこの丼持ってー」
中に入り、どうしていいか分からずオロオロしている僕に、店内を慌しく動き回っていたおかあさんが背中越しにそう言った。ここは昨日の2軒と違ってオールセルフの店。丼を手に取ると今度は、
「ここでうどんを取ってね。何玉?」
奥の部屋に入り、そこに用意されていた打ちたてのうどんを割り箸で一玉取り、丼に入れた。
「あったかいの?冷たいの?」
「あったかいやつ」
「じゃあ、ここでうどんを湯がいて」
言われた通り、うどんをテボに移し、お湯につけた。
「これ、どれくらい湯がくんですか?」
「5秒くらいシャバシャバ湯がいて」
湯がいたうどんを丼に戻すと、
「最後にここでつゆを入れてね」
そう言うと奥の部屋へ消えていった…。
大きな鍋にたぷたぷ入ったつゆをうどんの上にかけ、その隣のテーブルに置いてある、ネギと揚げ玉を入れ、最後にしょうがをすって入れた。代金は後で自己申告。
テーブル席に移動し、早速つゆをすする。
おぉぉぉ!これはうまい!!!
いりこ(片口イワシの煮干)たっぷりのつゆがすごいことになっている。なんだこりゃ…。濃厚ないりこと、ほんのり感じる醤油が絶妙。しょうがもピリリといい感じ。そのつゆと馴染んだ、打ち立てのうどんも旨かった。程よい固さでやわやわもちもち。
できたてのつゆ。打ち立ての麺。そしてアツアツの一番うまい状態を口に入れたく、食べ初めて5分も経たないうちに全てを食べ尽くしていた。やーうまかった。これが讃岐うどんか…。全面的に生活感があふれどこか懐かしい味がする一杯だった。ご馳走様。
食べ終わると、そのまま箸とどんぶりを流しに持って行き、その分別まで自分でやるのだ。
「やー、めちゃめちゃ美味しかったです」
「あらっ、ありがとうー」
「おいくらですか?」
「うどん一玉だから、120円」
「ひゃ、ひゃくにじゅうえん…?えーー!!!」
「こ、こんなに美味しくて120円ですか……」
「うふふ…ありがとう。ウチは全部お客さんにやってもらうから安いのよ」
うどんもそうだが、なんとも素晴らしい時間であった。
猛烈な感動に包まれ店を後にした。善通寺駅へ向かって歩いていると、歩道を高校生のカップルが自転車でゆっくり走り抜けていった。両手をつないだままで…。青春だねー(笑)
さてと、香川に来たからには金刀比羅宮に行きたい。1368段の階段も登らねば。善通寺駅の改札に行くとたまたまなのか、駅員さんがいなかったので自分で切符にスタンプを押して改札を抜けた。うどんもセルフ、改札もセルフってか。(笑)間もなくホームに入ってきた予讃線に乗り込み隣の琴平駅で降りた。
琴平駅の改札を出ると9時前にも関わらずものすごい暑さ。額にグサリと太陽熱が突き刺さる。9月も後半だというのに真夏日だったかも…。そこから金刀比羅宮をひたすら目指す。1368段?マラソン経験者から言わせると大したことはない。ちょちょいのちょいだ。そんな思いとゆるぎない自信がなぜかあった。(笑)前を行くカップルは一段一段数えながら歩いている。途中、お互いの数が違ったのか1段目まで戻ったりしていた…。仲がいいやらなんとやら…。(笑)
きつい…。かなりきつい…。
200段目くらいでもうそんな気持ちに支配された。400段くらいで膝が笑いだす。上から降りてくる人を尊敬のまなざしで見送った程だ。さっきのカップルは大丈夫か…。629段を上がった所に、名古屋城のような美しい若草色の屋根をした旭社という二層入母屋造りの社殿があり、これが実に堂々と迫力があり見事な社殿であった。感動。
そこからさらに150段程上がった785段の高さに金刀比羅宮 御本宮(ことひらぐう ごほんぐう)が鎮座していた。ついに登りきった。ふぅー。こんなに大変とは…。しかし、本宮から見渡せる讃岐の風景は絶景だった。讃岐ならではの風景。吹き抜ける風も気持ちよかった。金刀比羅宮は大物主神と崇徳天皇を祀り、海上安全、五穀豊穣などに御利益があると聞いた。この高さに、檜瓦葺のこんな立派な社殿が建っているとは驚きであった。(現在のものは1878年に改築されたもの)
しかし…、御本宮まで辿り着いたハズが…、なんだか達成感がない…。それもそのはず、さらに上がった1368段目に奥社があることをボヤーっとだが頭にあったからだ。多くの人がここで降りていたが、最後まで行くことにした。ところが…。ここからが地獄だった…。(笑)
ハーハー、ゼーゼー言いながら登りきった1368段目の階段の先に、ひっそりと朱色に染まる厳魂神社(いづたまじんじゃ)が目に飛び込んできた。おぉぉぉ!あれがそうか!やっと着いた…。そして、ジワジワと達成感に包まれていった。琴平駅を出て1時間程が経っていた。
往復で約1時間40分。その間、ずっとダラダラとものすごい汗が流れ落ちた。あつあつ、びちょびちょ、喉はカラカラ…。駅へ向かう通りにはうどん屋やみやげ屋がわんさか軒を連ねるが、もはやそれどころではない…。緊急事態。頭の中は温泉とビール。琴平は温泉の街でもあるのだ。
日帰り入浴ができる湯元ことひら温泉琴参閣へ直行し、まだ誰もいない露天風呂に身体を沈めた。さいこ……。こんぴらさんと温泉はセットだなこりゃ。無色透明のやわらかな湯(ナトリウム-塩化物温泉)。のぼせるくらいにゆるゆる楽しんだ。
清潔で広々とした空間も素晴らしいが、バスタオルとフェイスタオルもついているのが旅人には嬉しい。(1200円)
風呂から上がり、琴平駅まで戻り売店でよく冷えたビールをチョイスし、駅のホームのベンチに座りグビグビ飲んだ。なんとうまいことか…。ほろ酔い気分でベンチで過ごす時間がたまらなくシアワセに感じた。間もなく特急列車の南風がガタゴトやってきた。
(07年9月:旅々旅人) |
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