「黒島はええでー。なーんもない。人より牛の方が多いねん」
いつか見たテレビでタレントの島田紳助さんが嬉しそうにそう言ってた。彼は大の沖縄好きでも知られているが、2005年の例の謹○中に、黒島にも来ていたらしい。そういう時に行ってみたくなる島なのだろうか…。
人より牛が多く、なーんもない。
人より牛が多い世界とはどういう風景なのだろうか…、なんだか気になった。12月、石垣島から出ている高速船で黒島へ向かった。高速船で約25分。天気は残念ながら曇り。黒島港周辺は何やら工事が行われていた。沖縄の離島では何度も見かける風景。各島のあちこちで、ドッカンドッカンと大掛かりな工事が行われており南の島の雰囲気をぶち壊している…。(笑)まあ、島民の方の生活のために必要な工事なんだろうけどね。
港に、この日宿泊する「黒島マリンビレッジ」の送迎車が来てくれていたので、そのままそれに乗った。いかにもサーファーといった風貌の運転手さんに聞くと、黒島はダイバーに人気の島でもあり、冬の今の時期はシーズンオフ。人もさらに少ないとのこと。車の左の窓には、大きな牧場が広がっており、黒い牛の姿が見える。右側の空き地は工事中。ここも牧場を作っているのだそうな。
黒島マリンビレッジに着くと、緑の芝生の上にコテージタイプの建物が整然と並んでいた。しかし、自分以外に宿泊している人がいないのではと思うくらい静寂に包まれていた。シーズンオフといってもここまで人がいないのも珍しい。チェックインを済ませ、自転車を借りた。置いてあった自転車はどれもボロボロ…。鍵はもちろんついていない…。笑っちゃうくらいすごかった。
仕方なく、なんとか乗れそうだがギコギコ音のする自転車で走り始めると、すぐそばに黒島研究所という建物を見つけた。主にウミガメの生態等を研究しているらしく、中には大きなウミガメが狭い水槽の中で窮屈そうに泳いでいた。黒島港に近い、西の浜へウミガメが産卵にやってくるらしい。生のウミガメを見たのは初めて。ついでに初めての餌付けもしてみた。危うく指をかまれるところであった…。(笑)
時計を見ると昼の12時を回った頃。さてと昼メシ!牛の島で牛肉をプロレスラーのようにガッツリ食ってやる。そう意気込み店を探す。そしてパームツリーという民家のような造りの店を見つけたが、入口のメニューボードに書かれた「牛タンステーキ」という文字の真ん中に、横線がシューと引かれていた…。ゲッ!やってないの?店の人に聞くと、「BSE」の問題で今は手に入らないとのこと…。
手に入らない…?
牛の島なのに牛が手に入らない?
そこにいるじゃん…。
あれは牛じゃないの?そんなおかしな話は…と、思ったが、どうやら黒島では牛を解体する機械すらないらしく、食べるための牛肉は島の外から仕入れるのだそうな…。しかもBSEということは、仕入れているのはアメリカ産?
なんということか…。
黒島にとって牛というのは大切な販売用の商品なのだった…。
しかし、あきらめきれずにギコギコとさっき通ってきた一本道をそのまま戻るように港方面へ走る。牧場の牛がこっちを見ている。自転車を降りて牛のいる柵に近づくと、餌をもらえると思ったのか…、ゆさゆさと黒い牛達が寄ってきた。よく見ると、全ての牛の耳の辺りに黄色い札がつけられており、黒い文字で番号が書かれていて、そういう目的をもって育てられていることが分かる。
黒毛和牛…。全国のブランド牛の中でも多くの牛が黒島や石垣島で幼少期を過ごすことはよく知られた事実。まあ、元々は、鳥取の気高(ケダカ)と岐阜の安福(ヤスフク)の2頭から始まっているらしいが…。
港近くの南米(なんくる)という店を覗くが、こちらは休み…。しかし、もう牛の肉はどうでもよくなっていた。あんなに間近で牛を見た後では、さすがに食べる気もなくなる。黒島港まで行くと、海を見つめる黒い牛のオブジェの姿が。その横にプレハブ小屋のような造りの「ハートらんど」という店があった。辺りを見回すが、他に店もなさそうなので仕方なくそこに入った。窓から海が見える席に座り好物の八重山そばを頼んだ。ここでも牛肉絡みのメニューはなかった。
ふと、店内の壁を見ると、誰かが大胆にも直接マジックで壁に手書きしたメッセージがあった。なんと、島田紳助さんが2005年に書き残したものだった…。他にも3人の芸能人のメッセージが書かれており牛ではなく随分と黒島の人に感動していた。日付を見ると全員一緒に来たらしい…。
八重山そばは感動的に旨かった。丸い中太麺の上に、刻まれたソーキとネギが載せられたシンプルなものだが、絶妙な味わいで改めて八重山そばの奥深さを知った。どこで食べても違う味だがそれぞれに特徴があり旨い。ここのは、わざわざまた食べに来たいくらい好みの味わいだった。さいこー!
窓から見える黒島港をぼんやり眺めていると、バタンと入口のドアが開き、制服を着た女学生が走りこんできた。どうやら三線を借りに来たらしく、これから三線の演奏の発表会があるとかなんとか…、そんな会話が聞こえてきた。
オンボロ自転車に再びまたがり、伊古(いこ)桟橋方面へ続く道を走る。道の右側はやはり牧場で左側は海へ続く林がある。途中、農作業をするような格好をしたおばあちゃんと出会ったがニコニコ顔で挨拶してくれた。うれしい。しかし、そのおばあちゃん以外は、ひたすら牛にしか出会わなかった…。
黒島で見る風景は、アフリカのサバンナを思い起こさせる。広大な牧場は大自然でとても幻想的。牛の周りには白い鳥やクジャクなども仲良く集まっている。そして、印象に残るのが道。まっすぐに伸びる道が多く、つい走ってみたくなる。特に東筋集落から黒島灯台へ向かう細く長く伸びる道は素晴らしかった。灯台まではえらく遠かったが…。
黒島灯台からさらに自転車で10分程の場所にある仲本海岸まで走った。ちょうど夕暮れ時で逆光でキラキラ光る海が静かに広がっていた。ワタンジと呼ばれる干潮時に姿を見せる浅瀬を覗きながらのんびりしている一人の女性のシルエットが美しかった。離島を旅していると結構一人旅の若い女性と会うことが多い。こちらから声をかけることはしないが…。
黒島マリンビレッジに戻るといくつもあるコテージの一つに灯りが灯っていて僕以外に客がいることが分かり安心した。黒島は、ほんとに人が少ない…。牛ももっとわんさかいるかと思ったが牧場があまりにも大きいので意外と少なく感じる。(実際は約3000頭いるらしいが…)「なーんもない」と言うのはこういう印象からくるのかもしれない。だから、人が確かにいる風景を見るとホッとするのだ。
宿の晩ご飯は断っていたのでシャワーを浴びて、また自転車に乗り、近所のはとみという居酒屋に寄った。島の夜は、やはり地元の居酒屋で島の風土を感じながら島料理とビール、そして島の酒(泡盛)を楽しみたい。店内は結構広く、地元の方や観光客の方で既に盛り上がっていた。工事現場で働くような格好をした人達の姿も。おそらく、牧場を作っている人達だろう。
まずは、オリオンビールと一緒に好物のソーメンチャンプルーを楽しんだ後、エーグァーのマース煮という見慣れないメニューに挑戦。これが塩味が絶妙に効いていて旨かった。身もしまっておりプリプリ。請福(泡盛)のロックがクイクイ進んだ。店の人に教えてもらったのだが、エーグァーは、アイゴのことで、沖縄の方言でエーグァーと呼ぶそうだ。マース煮は塩煮のこと。沖縄では定番の魚の煮物料理なのだそうだ。これはかなりハマッた。
後ろの席に後から来て座った三人の方が実は同じ宿の方であることが分かった。さっき灯りのついていたコテージの方ということも。僕の育った愛媛から来たらしく黒島は2度目とのこと。そしてなんと1週間近くも滞在しているらしい。この島に1週間も…。なんでそんなに黒島が好きか聞いてみたら、
「なんにもないところ」
と、あっさり返ってきて驚いた。(笑)
その後も泡盛と島料理をやりながら、黒島の夜を楽しんだ。店を出て、真っ暗な道を自転車で宿に向けて走る。夜も10時を過ぎているというのに牧場を作る工事の音が納期に間に合わせるかのように、うるさく響いていた。
牛の島はさらに牛の島を目指しているのでした。
(05年12月:旅々旅人) |
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