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いつの間にか、息子(3歳直前)の誕生月(7月)に旅行をすることが決まりごとみたいになった。家族と妻のおかあさんの4人で。といっても今回でまだ2回目だが…。
妻のおかあさんに、
「どこか行きたいところあります?」と聞くと、
「東北」と随分大雑把な答えが返ってきた。
「あの…おかあさん…。東北のどちらですか?」と、さらに聞くと
「松島」と、キッパリ返ってきた…。宮城とも言わず松島と…。
「なぜ最初の質問で松島と答えないのですか?」なんてことはまだできる仲ではない…。(笑)
7月20日、朝8時34分。埼玉は大宮駅発のMAXやまびこ105号に乗り込んだ。大宮駅を出ると間もなく1メートル程に伸びた鮮やかな緑の田園風景が広がった。同時にひざの上に座った息子の体温がジトジトと伝わってきた。宇都宮駅、郡山駅、福島駅、白石蔵王駅と停車し約1時間30分後に仙台駅に着いた。
窓から見える初めての仙台の街並みは曇り空にどんより覆われていた。どこか埼玉の大宮にも似ており、なんだかまた戻ってきたかのような錯覚に陥った。松島のある松島海岸駅までは仙台で仙石線に乗り換えるので、昼ごはんは仙台で食べることにしていた。改札を出てその足で向かったのは駅ビル内にある牛たん通りと呼ばれる細い通路。その名の通り牛タン屋が何軒か続くが奥の方には寿司や海鮮丼の店などもあり三陸の海の幸も味わえる。
評判の店「利休」に入り、牛タン定食(1,575円)を注文。牛タン、テールスープ、麦飯がついた定番メニュー。生ビールで咽を潤した後に、かぶりつく。うまい!そしてやわらかい…。炭火で焼かれた香ばしさがなんともいい。塩とコショウもピリリ。皿に盛られた牛タンは2種類。タンの根元のやわらかい肉とやや固めで馴染みのある肉。特にやわらかい肉がジューシーで美味しかった。牛タンは炭火焼きがいいとしみじみ感じた。
しかし、3歳直前の息子にはちょっと早かった…。ゴメン。大人3人は満足、満腹で仙台駅から松島海岸駅へ向かう仙石線に乗り込んだ。約30分。松島海岸駅にうんと近づくと、窓の外に松島らしき海辺の風景がゆっくり流れ旅気分もうんと高まった。
天気は仙台からずっと曇り空。松島海岸駅を出て、駅舎を撮影しようとカメラを構えると、ポツポツ頭にあたるものが…。雨であった…。うそー!なんと松島に着いた途端、大雨がふってきた。これほど絶妙のタイミングがあるだろうか…。天気予報は確かに雨と言っていたが、現実にそうだとまいる。
「どうしましょうね」
予定を変更しなきゃいけなくなった。
「じゃあ、船に乗って松島を回ろうか」と、妻のおかあさん。
妻も渋々賛成。妻も妻のおかあさんも船はかなり苦手と聞いていたので、その意外な展開に一瞬呆然としたが、僕は元々乗りたかったのにあきらめていたので実に嬉しい展開となった。(笑)
駅のすぐそばにある観光船のチケット売場でチケット(1,400円)を3枚買うと、
「もう船が出る時間なので少し急いでくださいね」
と、乗り場のある方向を指差しながら、あたかもすぐそこに乗り場があるかのような口調で言われた。雨がジャブジャブ降る中、息子を抱いて急いだ。しかし、乗り場は予想以上に遠かった。200メートル以上あったのではないだろうか…。当然服は濡れるは息子は異様な空気を察し泣き出すは、散々な状況で大きな観光船「仁王丸」に乗り込んだ。ふぅー、なんとか間に合った。
松島は、宮島、天橋立と共に日本三景に数えられる場所だが、そもそも日本三景というのは何だろう…。どうしてこの三箇所が日本三景なのか?一体どのように決められたのだろう…。
調べてみると、江戸時代に林春斎(林羅山の息子)という儒学者が著書の「日本国事跡考」で、「丹後天橋立、陸奥松島、安芸厳島、三処を奇観と為す」と書いたのが始まりらしい。つまり一人の人間が決めたものが、いつの間にか100年以上も経ち、それが常識に近いものとなってしまったという事実に驚いてしまった。素晴らしい風景が多い日本でわずか3箇所を日本三景として限定するということは恐ろしく無理があると思うのですが…。(笑)
観光船は、雨で霧がかかった風景の中をグングン進んでいく。仁王島や鐘島、千貫島などを餌を目当てに大群で押しかけてくる大きなカモメ達と巡る。こんなに寄ってくるカモメもめずらしい。松島湾には大小260もの島々があるらしいが、見えた島々は松のシルエットが美しくこの全景を見渡せればさぞかし美しいであろうと素直に思った。しかし、霧のため視界は100メートル程度。それは残念であったが約50分の観光船の旅は音声ガイドも付いて楽しめた。家族も同じく。
船着場に戻ると雨はさらに激しさを増していた。船着場のすぐ近くにある五大堂という1604年に伊達政宗が再建させたと言われるお堂を見学した後、高台に立つ今宵の宿「大観荘」へタクシーで乗り付けた。通された部屋は和室と洋室のある広々としたタイプで家族には申し分のない部屋。
「さてと風呂、風呂!」
大観荘は温泉ではないが露天風呂と大浴場がある。そして露天風呂からは松島が眺められる。だからここに決めた。大きな脱衣所と広々とした内風呂。脱衣所の窓の向こうに確かに松島が見えた。しかし霧がさらに深まりあまりよくは見えなかった…。雨のためか少し肌寒い空気を感じながら露天風呂でひとり湯を楽しんだ。ガラス張りの窓から、まだほとんど人のいない内風呂を覗くと背中にきれいな絵を描かれたおとうさんがいらっしゃった…。(笑)
息子を部屋の風呂に入れしばらく部屋でのんびりした後、フリーツアー(総額一人約2万円弱:JTB)のセットでもある夕食を旅館のレストランで頂く。海鮮料理と豆乳鍋を完食するとお腹がはちきれそうになった。なかなか美味しかったのだが、よくあるように量があまりにも多過ぎた。妻のおかあさんが旅館で晩ご飯を食べるのが好きなので今回はお付き合い…。いつもは外で食べるが…(笑)青森のいちご煮のように、汁の中にウニが浮かべられた磯汁が印象に残った。家族は全体的に喜んでくれ嬉や。
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翌日は時々小雨がパラつく曇りベース。朝食後に歩いていたロビーに大きな額縁が飾られており、そこに美しい松島の全景写真があった。これはきれいだ。よく見るとある写真家がこのホテルの7階のレストラン「潮騒」から撮影したことが記されていた。なんとなんと。どうしても松島の全景を見てみたかったので、フロントのおにいさんに確認すると見るだけなら全く問題ないとのこと。早速家族全員で潮騒にお邪魔した。すみません。
うわぁぁぁぁぁぁ…うつくしい…。
思わず声をあげてしまった程だ。レストラン「潮騒」の大きなガラス窓の向こうに、朝もやがかかった幻想的な松島の風景が大パノラマで一望できた。感動。晴れてたらまた違った風景だろうし全景も見渡せたであろうが、これはこれで実に美しかった。松尾芭蕉が「奥の細道」で称賛したというのもうなずけるし、日本三景に挙げたくなる人がいるのも理解できる。デジカメだと残念ながらまるで撮れきれない微妙な色合い…。
雨がやんだ頃にチェックアウトをし、瑞巌寺(ずいがんじ)を訪れた。大きくてぶっとい杉木立の林道の奥にひっそりと堂々たる姿であった。なめらかに広がる瓦屋根の大きな曲線がお見事。パンフレットによると、平安時代初期(828年)に、慈覚大師円仁により開創。江戸時代初期に仙台62万石の祖となった伊達政宗が5年がかりで現在の大伽藍(だいがらん)を完成させたとある。本堂御成玄関・庫裡回廊が国宝で創建以来現存している。素晴らしい。
金色が眩しく目に飛び込んでくる多くの屏風絵が強烈に印象に残った。これら211面の障壁画群の保存修理と、創建当初への復元模写事業が10年かけて平成7年に完成したらしい。派手な絵が好きな方にはおすすめ。ぐるりと一周ができる本堂はかなり見ごたえがあり楽しめた。本堂内ではお坊さん達が朝の掃除に励んでいた。
瑞巌寺の隣にある円通院にも寄ったがまるで京都の寺院を思い起こさせるような美しい庭が丁寧に手入れされていた。21日のこの日はちょうど「日本三景の日」という不思議な日らしく、入場料が割り引きとなった。日本三景を選んだ儒学者の林春斎の誕生日なのだそうな…。霧に埋もれ時折、小雨が落ちる松島を後にして昼前には仙台駅に着いた。
仙台名物と言えば牛タンだけではない。冷やし中華発祥の地でもある。昭和12年、誕生してから約70年。そのまさに発祥の店が北京料理「龍亭」と聞いた。仙台駅前からブラブラ歩きながら仙台の街並みを散策。埼玉の大宮に馴染みのある妻と妻のおかあさんは大宮にとてもよく似ていると驚いていた。アーケードのある商店街は大宮にはないが、僕もそう思った。
仙台駅から15分程歩き、龍亭に一番客で入った。冷やし中華はこの店では冷やし中華とは呼ばず「涼拌麺(りゃんばんめん)」と呼ばれていた。タレを醤油とゴマダレが選べゴマダレを選んだが、元々は醤油ダレが元祖と後で店員さんが他のお客さんに話しているのが注文してから聞こえてきた。ツルツルと頂くがまろやかで実に美味しい。酢とごま油主体のタレにつかったプルプルの麺の風味がさっぱりしていながらも独特の甘味があり美味しかった。
家族にもいい笑顔がこぼれていました。
(07年7月:旅々旅人) |
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