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2歳の息子と妻と妻のお母さんと4人で夏の北陸は石川、加賀温泉郷の山代温泉に出かけた。おばあちゃんは、孫と初めての旅行で誰よりもワクワクしていた。
雨の降る大宮駅を朝の10時前に出たMaxとき315号は、平日の金曜日にも関わらず満席。夏の北陸は随分と人気らしい。息子はおばあちゃんの膝の上で、嬉しそうにはしゃいでいる。時々しか会えない優しいおばあちゃんは、やはり特別な存在なのだ。しばらくすると鮮やかな田園風景の向こうに真っ白な雲が地上付近までおりてきているのが見えた。うつくしい…。
新潟の越後湯沢駅ではくたか6号に乗り換えて間もなくすると、今度は日本海沿いをガタゴト走り始めた。雨の影響で時々、しっとり濡れた日本海が窓を流れる。いくつかのトンネルを抜け糸魚川市に入り、大きな川に架かる橋を渡り始めた時…、
「ほらっ…すごいね〜」
っと、おばあちゃんの声。
「おぉぉ!温泉みたい!」
なんと川から、まるで大きな温泉のようにモクモクと湯気が立ち昇っている。温度差で蒸発でもしたのだろうか‥。いやいや、他の川は普通だったぞ。手持ちの地図で見るとどうやら日本海へ向け糸魚川市を流れる姫川のようだ。それにしてもすさまじい光景だった。これは一体どういうことなのだろか…、謎が残ったが、特にそれ以上追求する気も起きないのであった。
昼の12時を過ぎ、少ししてからそろそろ弁当を食べようと車内販売のおねえさんに声をかけた。
「どんな弁当があるんですか?」
「すみません…。弁当はもう全て売り切れてしまったのですが…」
と、衝撃の答えが返ってきて倒れそうになった…。
「う、うりきれですか‥‥」
時計を見るとまだ12時30分頃である。
「はい。残りは鱒寿司が2個になります」
「え!鱒寿司!?(売り切れてないじゃん:笑)それで十分です。というか大好きです。もちろん2個とも頂きますよ」
2個でもありがたい。最初に売り切れって言うもんだから、随分ヒヤヒヤした。
4人で2個の鱒寿司を食べ始めた頃、電車はちょうど富山に入った。2個の鱒寿司。4人では当然足りないと思っていたが、僕以外はそれほど好きではないらしく、結局僕は1個と半分も食べることになった。ラッキー!妻も妻のお母さんも、基本的に魚がそれほど好きではなく、魚好きの僕からするとシンジラレナイ親子なのである。
約40分で次の乗換え駅の金沢駅に着いた。次に乗るのは、なんとサンダーバード28号。サンダーバード?しかも28号?なんだか相当強そうな名前の電車だが、ホームに入ってきたそれは、白く弱々しいボディーで少々ガッカリ…。座席に腰掛け、ふと思った。サンダーは雷。バードは鳥…。なんだ雷鳥か…。(笑)
加賀温泉駅に着くと、なんと嬉しくも雨は上がっていた。天気予報では一日大雨だったので、サイコー!加賀温泉郷は山に囲まれた静かな温泉街をイメージしていたが、想像以上に開けていた。駅前で拾ったタクシーの運転手に聞くと加賀市は、人口が約76,000人もいるらしい。窓からはきれいに整備され掃除も行き届いた街並みが見え気持ちがよかった。
宿は、山代温泉の「みどりの宿 萬松閣」。テレビのサスペンスドラマでも登場した宿だ。和室二部屋とちょっとしたリビング。全部足すと30畳近くありそうな広い部屋がたまらなく開放的。大きな窓からは、山代の温泉街が一望できた。う〜ん、こりゃいい。
「今なら温泉空いておりますよ」
と、宿の方。そりゃすぐにでも温泉に入りたかったが、その前に温泉街へブラブラ出かけた。
高台に建つ「萬松閣」を出て、坂道を下っていくと、なんとも雰囲気のいいレトロな建物の横に出た。「須田菁華(すだせいか)」という九谷焼の窯元のようだ。1階がガラス張りになっており展示された九谷焼の壷や食器などが外からでも見ることができた。山代は久谷焼きが生まれた地でもあった。(1818年、吉田屋伝右衛門が九谷焼の吉田屋壷を開いたことが始まり)
さらに歩くと、ここが山代温泉の中心だろうか、温泉浴殿(総湯)に多くの自転車と、地元の人らしいおとうさん達がお風呂セットを手に歩いている姿が見える。みやげ屋もあり、温泉たまごなども売っていた。
目にする旅館はほとんどが豪華な造りで、どこも快適な空間が保証されていることを感じさせる。温泉浴殿を過ぎると灯篭が続く道があり、その先に「いろは草庵」と呼ばれる芸術家の「魯山人の寓居跡(仮住まい跡)」があったので、入ってみた。
魯山人(ろさんじん)とは、北大路魯山人のことで大正時代に、書家、篆刻家、絵描き、陶芸家として活躍した方らしい。僕は縁がなく全く知らなかったが、おばあちゃんも妻も知っていたのでどうやら有名な方のようだ。なんとなく入った「いろは草庵」だったが、なかなか素晴らしく驚いた。
当時の茶室、仕事部屋が見られ、魯山人の作品も複数展示されていた。妻とおばあちゃんが魯山人が作った九谷焼のお皿にえらく感動し語り合っている様子が微笑ましかった。きれいに手入れされた中庭が見える部屋で頂いた、お茶の美味しかったこと。加賀棒茶(かがぼうちゃ)という葉っぱではなく茎を使ったお茶とスタッフの方に教わった。
宿に戻り息子を部屋の風呂に入れた後、いよいよ宿の温泉へ行くと、なんと一人。広い風呂に一人でつかる…。それだけでとてつもなくシアワセを感じる。大きな内風呂を通り過ぎ、奥にある露天風呂のドアを開けると、プーンと木々の深い香りに包まれた。鮮やかな緑が目に優しく映る。そして木々の香りが心地よく鼻を刺激し、なんとも癒される。これはいい…。誰もいない緑の露天風呂に一人つかり、ぼんやりと日常を忘れるのであった。湯は無色透明のナトリウムカリウム塩化物泉。
部屋に戻り、窓際の椅子にゆったり腰掛けよく冷えた缶ビールをグビグビやりながら窓の外を見ると、ライトアップされた山代温泉の街並みがキラキラ輝いていた。妻とおばあちゃんが風呂にいっている間、息子と二人、広い部屋でのんびり過ごした。
しばらくして部屋に豪華な懐石料理が並べられた。なかなか美味しかったのだが量が多すぎて、せっかくの美味しさが少しずつ違う印象になってしまうのであった…。(笑)どうして旅館の料理はどこへ行っても基本的に多過ぎるのだろうか…。それを望む人の方が多いということなのだろう。僕は滅多に旅館で夕食は食べないがおばあちゃんが宿で夕食をとるのが好きなのでお付き合いしている。
寝る前にもう一度温泉へ入った。夜の露天風呂もまた格別。岩に大きなカタツムリがへばりついているのを見た時は一瞬驚いてしまったが、そいつと一緒に山代温泉の夜を静かに満喫した。
***
翌朝も、もちろんその湯につかった。朝のキリッとはりつめた空気と木々の香りがなんともいい。緑に包まれて入る露天風呂がこんなにいいものとは、この日まで気づきませんでした。
(06年7月:旅々旅人) |
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