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福島の郡山駅あたりを過ぎると新幹線の窓にほっかり雪景色が映っていた。突然の出来事にひとり驚くと同時に一瞬にして旅人となった。
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どっちかつうと沖縄のような暖かい場所が好きなタイプだが一度でいいから冬の雪国を訪れてみたかった。しかも真冬で恐ろしく寒くてドッサリ雪が積もっているところへ。基本的にマゾなところがある。(笑)雪国から連想するイメージは、まず雪が二階の軒先までこれでもかと積もった風景。次に浮かぶのが「かまくら」。あの釣鐘型の真っ白なデザートのような洞(ほこら)。
そのかまくらの本場が秋田の横手という人口約10万人くらいの町。そして横手は豪雪地帯でもあるらしい。この豪雪地帯という言葉がやけにしびれた。そこまで知るとすでに身体も脳もムズムズ。そこへ行くっきゃない。
横手の観光協会に電話を入れると、「かまくら」は冬の間ずっと行われているものではなく、なんと2月の15日と16日の二日間だけらしい。「たった二日かい!」とツッコミを入れたくなる程短い。しかもかまくらにあかりが灯り、中で子供達が餅などを振舞ってくれる時間は午後の6時頃から9時頃まで。つまり二日間合わせて約6時間というなんとも短く貴重なイベントなのだった。
2月15日朝8時2分大宮発のこまちとはやてがくっついた新幹線にひとり乗り込んだ。そして岩手の盛岡駅で二つは切り離され秋田駅に向けゆっくりと速度を落としたこまちが走る。窓の外は相変わらず白一色の雪景色。ため息がでる程見事にうつくしい。この風景を見るだけでも十分来る価値がある。
しかし残念なのは通路側の席(全席指定)。窓側の隣には45歳前後と見受けられる女性がひとりダウンジャケットを着るのではなく毛布替わりにかけスヤスヤ眠っている。飛行機もそうだけど二つしかない席で見知らぬ女性と二人並んで座るのはどうにも落ち着かない…。
在来線の奥羽本線に乗り換えるため秋田駅の手前の大曲駅で降りると想像を絶する寒さに襲われた。さむっ!電車が来るまで20分近くもある。ホームでは待ってなどいられないのでストーブのあるホームの待合室で寒さをしのいだ。やがて入ってきた奥羽線に乗り椅子には座らず開け放たれたドア付近で立っているとすぐ側の席に座っていたおばあちゃんがムクッと立ち上がりドアの横にあるボタンをポンと押した。するとドアが閉まった。自分で閉めるのね。(笑)
誰かの歌のように横手へ向かう人の群れも誰も無口であった。埼玉の大宮を出て約4時間後に着いた横手駅前は1メートル程の雪が積もっているもののそれなりに晴れており降り積もった雪が眩しく輝きうつくしかった。うーん、これぞ雪国。しかしやはり寒い…。マイナス2度。うひゃー。
さてとまずは昼飯。横手といえば目玉焼きがのった焼きそばが名物。静岡の富士宮さながらなんで焼きそばが名物になるのかいささか疑問は残るが横手駅から歩いて5分程の場所にある老舗の「ふじわら」という店に入った。
一つだけ空いていたカウンター席に座ったが忙しそうで一向に注文を取りにくる様子がないのでカウンターを覗き込むようにデカイ声で「肉玉ひとつ!」とあたかもいつも来てる風に注文すると、「はい…」と、弱々しい返事が返ってきた。おやおや大丈夫かしら?と少々不安になる。大体こういうパターンは外すことが多いから…(笑)
しかししかし、これが笑っちゃうくらいうまかった。中太の麺はアツアツでやわらかくトロトロ。麺とキャベツと挽き肉の絡みが絶妙な上、ソースとよく馴染んでいて自分好みの味。おまけに500円という安さ。これだけで十分に美味しく玉子の必要性を感じなかったがせっかく乗っかっているし無視するのもなんなんでプルプルのそれを崩して麺と絡ませて食べた。当然まろやかで想像通りの風味になった。名物になるには見た目に必要なんだろう。
すっかり満足して店を出るとまたも恐ろしい寒さに包まれた。これが雪国にの寒さか…。横手に着いてから30分ほどで何度「寒い」という言葉を口にしたことか。
かまくらの会場は約4箇所あり全て横手駅から歩いて行けるのだが一番近い「地域局前かまくら広場」以外は結構離れている。駅で聞くと20分程かかるらしかった。
かまくらにあかりが灯るのは夕方の6時頃。しかし暗い中場所を探すのも難しかろうと下見をすることにし、横手川に架かる蛇の崎橋を渡った先にある「二葉町かまくら通り」を探すが地図を見間違え民家の裏やら道のようで道でないところをズボズボ歩くことになってしまった。真っ白い雪が50センチくらい積もった所を見知らぬ男がズボズボ歩いている様子はさぞ怪しかろうと思いわざとニコニコしながら歩くのだが、それはそれでさらに可笑しな男の様であり、もうどうすりゃいいか分からなくなった。
いやーまいった。結局曲がらなくてもいい所で曲がったらしい。おかげでますます寒くなった。自ら望んではるばるやって来た雪国だったが現実の厳しさを見事に思い知らされる。雪のある風景は美しいのだが…。
時計を見ると午後2時。夕方の6時にはまだまだ。しかし雪の中を歩くのはもうたくさん。横手の駅前に横手温泉の施設「ゆうゆうプラザ」なるものがあることを調べていたのでそこの温泉に入ってのんびり過ごすことにした。駅前へ向け雪道をザクザク歩くがもはや寒さで限界。どこかで暖をとらねば死んじゃう…。そう思っていると特設のかまくら大物産展なるものが行われておりそこで鍋らしきものを食べてる人の姿が見えた。
逃げるように駆け込んだ。秋田の名物、稲庭うどんやきりたんぽなどがその場で食べられるらしく350円と超手ごろなきりたんぽ鍋を注文した。白い使い捨ての容器にきりたんぽが一本と野菜などがたぷたぷ入ったものを手渡された。
震えながら会場の真ん中にある特設のテントの中で食べた。
うまい……………。めちゃめちゃうまい。
外が寒かったことも影響しているかもしれないがこのきりたんぽ鍋は最高だった。まさに生き返る思い。醤油ベースであっさりしていながらも野菜の旨みがしっかり出ておりちゃんこ鍋のようだった。棒状の焼きおにぎりのようなきりたんぽもホクホクして鍋の具在とよく合う。一本ぐらいでちょうどいい。きりたんぽは夜に食べる予定だったがこの一杯で満足してしまった。
「美味しかったですー」と、お店のおかあさんに伝えると
「あらそう。嬉しいわ。おにいさんどこから来たの?」と言うので
「東京です」と答えると
「東京?ワタリ(多分渡 哲也)さんもウチの店で買ってくれたことがあるのよ」そんな風に土地の言葉で返ってきた。(笑)
東京というだけで僕と渡さんをそのまま強引に結びつけるところがおかしかった。当然知り合いじゃないっす。
きりたんぽ鍋でポカポカにあたたまったが横手温泉の「ゆうゆうプラザ」に着く頃にはまた全身氷のように冷え切っていた。ゆうゆうプラザは思ったよりも大きな宿泊温泉施設。日帰り入浴は本来800円のところがガソリン高騰の影響で900円だった。畳の休憩所もあり、遠慮なく長居できそう。助かる…。内風呂はそこそこ広めで脱衣所も個々に仕切られており快適。露天風呂からは小さな庭に積もった雪が見え人生初の雪見風呂が体験できた。死ぬまでに一度は体験したかったささやかな夢が突然叶った。
そしてここの湯が実にいい。無色透明だけどツルツルとなめらかな湯で佐賀の嬉野温泉に方向性が似ている。ねっとりと身体にやさしく溶け込んでくる感じがいい。かつてこんなに温泉に入っていたことはない程ゆたゆたダラダラとトドや動物園の怠けたトラのように過ごした。風呂から上がり缶ビールとチューハイを飲み干し何人かのお父さん達と一緒に畳の部屋で横になるとめずらしくすぐに眠りについた。よほど温泉がよかったのだろう。
夕方の5時頃にゆっさり起き上がり、薄暗くなった外に出ると瞬く間にキリリとした寒さに包まれた。うぉぉぉぉ!!!さむい……。昼よりも断然人が増えており祭らしい雰囲気が伝わってくる。駅から最も近い会場は大きな通りに面してあまり雪国らしい雰囲気がないのでちらほら見つつ通り抜け目指す会場のある蛇の崎橋方面へ向かった。
蛇の崎橋には雪の中、三脚までセットしたカメラマンがズラリと横一線に並んでいる。彼らの間から河原を覗くとあかりの灯った小さなかまくらが青白い風景の中にポコポコ続いていた。うつくしい。小さなかまくらが並ぶところまで降りていくと風の影響で消えているのも多くそれらのひとつに気がつかず見事にスッテンコロリン!イタタ…。橋の上にいるカメラマン達に笑われてるだろうかと思ったがわずかな時間でどっぷりと日が落ち気づいた人はいなかったらしい。よかった。(笑)
それにしても見事に転んだものだ。我ながら情けないやら愉快やらなんだかおかしかったがひとり旅だとこのおかしさをその場で共感してくれる人がいないのがさみしかった。
「二葉町かまくら通り」へ行くとかまくらにあかりが灯り中で子供達が餅を焼いていた。覗いてみるとあたふたと慣れない手付きで4、5人が相談しあって何やらやっている。
「お餅焼いてるんだ」と話しかけると「うん」とだけ返ってきた。
まだ準備中と判断し、次のかまくらを覗く。そこには小学生の男の子二人がいた。
「はいってたんせ(入ってください)」と声をかけられたので「いいの?」と馴れ馴れしく応答し、靴を脱いでゴザの上に座るとかまくらの中は思ったよりもあたたかいのが分かった。雪の壁が風を防いでくれることもあるがかまくらの真ん中で炭が焼かれその火のぬくもりが伝わってくるのだ。
かまくらの正面の祭壇には水神様が祀られている。「はいどうぞ」と二人の男の子のうちの大きい方が甘酒らしきものを渡してくれた。「ありがとう」お茶を飲むような湯飲みになみなみ注がれた白い液体はやはり甘酒。ぬるくあまったるい味。「うーん、これはあまいねー」と冗談のように本音を言うと二人で顔を見合わせてはにかんでいた。彼らはどうやら兄弟らしかった。後から入ってきたご夫婦とその兄弟と一緒に楽しく話をした。初対面なのになんだろう、この一体感。
帰り際、かまくらの中に置かれた賽銭箱に甘酒代としてお金を入れたが、正しくは甘酒代ではなく水神様に家内安全、商売繁盛、五穀豊穣などを祈願するものと帰りの新幹線で開いたパンフレットで知った。かまくらは400年ほども続いている歴史のあるまつりで市内で約100個程のかまくらが作られるらしい。しかし祭が終わるとすぐに壊してしまうことをあの兄弟から聞いた。
横手駅に戻る途中、またしても寒さにまいってしまい駅近くの「七平衛」という郷土料理屋に入った。壁に書かれたメニューの中に目を疑う文字があった。
「うさぎの煮込み」
まさか…。お店のお母さんに聞いてみた。
「これは、その…つまりあのうさぎですか?」
「はい、そうですよ。この辺の郷土料理です。じっくり煮込んでますからやわらかくておいしいですよ」
ほんとにそうだった。どうしよう…。こういう体験ってそうできないよなぁ。沖縄の名護のイルカだってチャンスを逃して結局食べずしまいだしなぁ。まわりのお客さんにうさぎのようなかわいい生きものを食べて嫌がられないだろうかなどと思ったが、思い切って頼んだ。人間はみんな牛も豚も鳥も魚も食ってるじゃん。結局いつもこんな風に自分に言い聞かせている。(笑)
「じゃあそれお願いします…」
うさぎとは言えなかった。しかし…
「うさぎひとつお願いしまーす」
店内にお母さんの大きな声が響き渡った。そんな大きな声で言わないでよーっと思ったが別に反応する人は誰もいなかった。しかも後から入ってきた地元の人らしき方もそれを頼むのが聞こえた。おっ!仲間じゃん。するとまたあのお母さんの大きな声が店内に響き渡った。
「うさぎもういっちょー」
寒いのも当たり前。うさぎも当たり前なんだ。
(08年2月:旅々旅人) |
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